ヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラム
日本人学生対象
佐藤 拓磨
ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ2019年度派遣
語学研修:ドイツ語 (ドイツ)
企業研修: nextnano GmbH (ドイツ)
はじめに
こんにちは。佐藤拓磨です。私は理学部で物理を学び、修士課程1年が終わったところでヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラムに参加しました。このプログラムの存在を知ったのは修士1年の6月でした。就活のことを考え始め、「自分は博士課程に進学したい気もする」「物理学専攻の学びは社会でどう活かせるのだろう」「企業で働くのはどんな感じなんだろう」といろいろな疑問が頭の中で渦巻いていました。ある時気づいたのは、大学の研究者の生活は間近で見る機会があるのに対し、企業で働くことにはどんな面白さや挑戦、苦労があるのか、企業の内部で自分のスキル・経験がどう役に立つのか、という側面が、ただ大学生活を送るだけでは全然見えないということです。それを知るための機会として、日本企業でもインターンシップがあるのですが、短期のものが多く、自分でプロジェクトを遂行する体験まではできないことが多いという印象でした。この就活上の観点に加え、以前から得意の英語を活かして何かしたい、英語以外の言語も学んでみたいという興味を持っていたので、「理系の専門知識×英語×第二外国語×長期インターン」というヴルカヌスの4本柱は、私にとって最高の組み合わせでした。大学を卒業してしまう前に海外で長期インターンシップをする事で、今後の人生選択に関して視野を広げることができればと思い、プログラムに応募しました。
ドイツ語研修
ドイツに渡航後まず、ベルリンの語学学校にて4ヶ月間ドイツ語を学びました。渡航前に独学で少し学んでいたので、クラス分けテストの結果、A1を飛ばしA2のクラスからスタートすることになりました(EUの言語はCEFRに基づいて統一的にレベル分けされています)。最大12人程度の少人数クラスでしたので、生徒と先生あるいは生徒同士でゲーム感覚でドイツ語を使い、すぐその場でフィードバックを受けることができ、読む・聴く・書く・話すの4技能をまんべんなく鍛えることができました。9時半から14時まで授業、放課後はクラスメイトと街を散策、夜はホストファミリーと夕食、というドイツ語三昧の日々を送っていました。街中で出会う意味不明だった文字列が次第に内容を持って語りかけてくる、お店で現地の人とコミュニケーションが取れるようになる、眺めているだけだったYouTube動画で何が話されているか少しづつ分かってくる、という体験に興味をそそられ、モチベーションを保ちながら4ヶ月を過ごすことができました。語学研修を終える頃には、分かりやすく話してもらえれば、ネイティヴと日常的な会話ができるレベルに達しました。ベルリンには、ドイツ帝国の建国(1871)から東西統一(1990)までの世界史が詰まっています。博物館や数々の歴史的遺産、国会議事堂などを訪れ、そこに展示されている当時の文書、ポスター、写真などをドイツ語で理解できた時には、鳥肌が立ったことを覚えています。歴史のストーリー自体は日本語でも英語でも学ぶことができますが、現代に残る「実物」に出会い、それを少し現地人になったような気持ちで見つめるとき、歴史を追体験できたような気がしました。また、専門的に学んだ訳ではありませんが、英語とドイツ語の共通点と違いを知ることによって、ゲルマン語の発展史が垣間見えたのも、興味深い体験でした。
インターンシップ
オフィスの様子
語学研修の後、7月末にミュンヘンへ引っ越し、nextnanoというスタートアップ企業にてインターンシップ研修を始めました。オフィスは郊外のGarching地区にある、ビジネスインキュベータの中にありました(現在は移転)。nextnano社は、半導体デバイスの物理シミュレーション用のソフトウェアを開発しています。2012年に設立されたまだ新しいIT企業ですが、日本をはじめ世界各国に顧客を持ちビジネスを展開しています。ヴルカヌス・プログラムの選考では、自分が大学で何を学んできたか、何ができるかを企業にアピールし、それが企業のニーズに当てはまれば採用となりますが、私とnextnano社とのマッチングはとても良いものでした。8ヶ月の研修の間、私はソフトウェアの改良・バグ解消および日本の顧客とのコミュニケーションを担当していました。日本人の社員は私のみでしたので、時折来る日本語での問合せや、英語ではあるけれど文脈理解が難しいような場面で、自分の専門(理論物理)だけでなく日本語ネイティヴとしての能力も活かして企業に貢献できている実感がありました。シミュレーションに関するオンライン解説記事の作成にあたっては、物理の知識・ソフトウェアの理解・英語力を総動員する必要がありました。その記事に関して顧客から「シミュレーションの手助けになった」という声を頂いた時には達成感がありました。
オフの生活
ベルリン・フィルのコンサート
ミュンヘンの英国庭園。散歩やサイクリングをしていました。
ベルリンとミュンヘンという、ドイツ国内ではいわゆる大都市に住んでいましたので、休日には定期券で電車・バス・トラムが乗り放題となる範囲内で、様々なスポットを訪れていました。ベルリン・ミュンヘンともに、中心部には市民の憩いの場となるような大きな自然公園や川、湖があり、それらをよく訪れていました。「日曜日は静かに身体と心を休める日」というドイツの習慣は、私には心地よいものでした。またオーケストラ音楽が好きで、ベルリンはもちろん、週末旅行を兼ねて様々な都市にコンサートを聴きに出かけていました。語学に関しては、ミュンヘンへ引っ越した後にドイツ語試験を受けることにし、時間を見つけては対策を進める日々を送っていました。仕事は英語で行なっていたため、この試験のおかげでドイツ語力を維持することができたと思います。レストランやバーで開かれる語学交流会にも時折参加し、仕事や学業のためにドイツ内外から移り住んだ人たちと話す中で、彼らのmomentumに刺激を受けました。なおミュンヘンでは、Wohngemeinschaftと呼ばれる、シェアハウスのような形態で1部屋と共用のシャワーおよびトイレを借り、生活をしていました。人が多く集まるミュンヘンでは慢性的に住居の数が足りておらず、家探しには苦労しました。
得たもの
ヴルカヌスの1年間は、日本の大学にいては得られない、大変貴重な経験でした。nextnano社がアカデミック寄りな企業であることもあり、インターンシップ期間を通して、社外の様々な方とも交流し、大学で基礎物理を学んだ私が将来のキャリアをどう形成していくかについて、考えを深めることができました。半導体分野の学会でのブース出展や、共同研究プロジェクトのミーティングのため出張に同行した際には、若手研究者や学生の方々の聡明な将来観やEU内での共同研究のあり方、大学をはじめとする研究施設とテクノロジー企業の協力関係に関して学ぶことが多くありました。ヴルカヌス参加前には私は、大きくて名の知れた企業ばかりが目に入っていました。しかしビジネスインキュベータの内外で、スタートアップを立ち上げた何人かの野心あふれる起業家(nextnano社の上司もその一人です)の方々とお話し、ミュンヘン工科大学や地域の大企業がどれほど・どのように科学技術をビジネスにつなげるサポートをしているか知るうちに、そういった新しい価値が生まれる現場にも関心を持つようになりました。2020年3月には、ハイテク技術を必要とする日本企業と、独自のテクノロジーを売りにするドイツや周辺国のスタートアップ企業が一堂に会し、ビジネスチャンスを探るイベントがミュンヘンで開催されると上司から紹介され、参加しました。そこでは、EUと日本をビジネスで結びついていく刺激的な現場を垣間見ることができましたし、経済産業省のJ-Startup (www.j-startup.go.jp/about/) などの取り組みも知り、日本でもこういった新しいものを創出する動きが、実は政府・民間レベル共に存在していることが分かってきました。私は大学院卒業後ドイツへ戻る予定ですが、EUサイドからこういった日本の”芽”と協働することができれば、とても面白そうだと考えています。
スタートアップ企業で働くこと、日本とEUの経済的な結びつき、アカデミックな研究と企業を結びつけること。これらが、私がヴルカヌス・プログラムの中で得た、今まで持っていなかった視点です。以前は想定していなかったようなキャリア形成の可能性が開け、その選択肢が今自分の手の届く所にあるのは、このプログラムのおかげです。理系学生が長期にわたりEU企業でインターンシップを行うという、交換留学とは一味違ったこの1年間を、学生の間に経験できたことに感謝しています。来年からは、現在持っている背景知識やスキルを活かし、またさらに磨きをかけながら、ドイツで新しい挑戦を続けていきたいと思います。
将来のヴルカヌス生が、EUについて、そしてEUと日本の関係について体験し考え、日欧の架け橋になれることを願っています。



(2020年執筆)

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   (言語:ドイツ語 & 英語 和訳文掲載)

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