発電、輸送、重工業は、世界の温室効果ガス排出量に大きく影響を与える部門です。パリ協定の目標を達成し、2050年までにカーボンニュートラルを達成するためには、これらの部門の脱炭素化が重要です。そして脱炭素化を促すソリューションの一つとして、炭素を含まない資源から製造される水素への注目が、日欧ともに高まっています。
水素を代替燃料として活用するプロジェクトは、鉄鋼業、陸・海上輸送、集中・分散型の電力生産など様々な分野において展開されています。
弊センターにおいて2021年5月に開催いたしました、グリーン水素製造に焦点を当てた第1回ワークショップに続き、第2回目となる今回のイベントでは、日欧の政府・産業界を代表する方々に、水素利用発展のための公共政策や、最新の技術開発状況、日欧の協力可能性について議論していただきました。
開催概要司会は、九州大学副学長、水素エネルギー国際研究センター長、次世代燃料電池産学連携研究センター長である佐々木一成教授に務めていただきました。
録画映像プレゼンテーション資料 プレゼンテーション資料はこちらから 要約
本ワークショップは、グリーン水素製造に焦点を当てた第1回ワークショップ(2021年5月開催)に続く、第2回目の水素ワークショップです。世界の温室効果ガス排出量に大きく影響を与える部門「発電、輸送、重工業」に焦点を当て、日欧の政府・産業界を代表する方々に、水素利用発展のための公共政策や、最新の技術開発状況、日欧の協力可能性についてご講演いただきました。
司会を務めて頂いたのは、九州大学副学長・工学研究院・工学府 主幹教授水素エネルギー国際研究センター長の佐々木一成教授です。
佐々木教授より開会のご挨拶を頂いたのち、欧州委員会エネルギー総局(DG ENER)と経済産業省より公共政策の最新情報について述べていただきました。双方ともに、2050年までにカーボンニュートラルを達成するためには、国際的な協力、そして水素を世界規模で導入することが重要、との認識で一致しています。
欧州委員会エネルギー総局(DG ENER) 主席顧問であるテュドー・コンスタンティネスク氏は、欧州グリーンディールはEUにおけるグリーン政策の主要な推進力であると述べ、水素戦略やクリーン水素アライアンスと組み合わせることで、より水素の需要を高めてエネルギーシステムの脱炭素化を図っており、2030年までに欧州で40ギガワットの電気分解機設置という目標達成に向けて順調に進んでいると述べました。また、2030年の温室効果ガス削減目標、1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」についても紹介しました。このパッケージでは、脱炭素化が困難なセクターに対し、目標達成に向けて継続的に努力していけるよう、産業界では50%、運輸機関では2.6%削減等と具体的な目標を設定しています。
続いて、経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギーシステム課長の日野 由香里氏より、2050年カーボンニュートラルにに向けたグリーン成長戦略・エネルギー基本計画の改定、という2点についてご説明いただきました。水素はグリーン成長戦略の重点分野に位置づけられており、水素サプライチェーンの構築と、EUと同様に、水電解装置のスケールアップによるコスト削減を進めています。エネルギー基本計画に関しては、水素をさらに社会に浸透させるためにはコスト削減が重要であると強調しました。日本は、2030年までに水素供給を化石燃料と同程度の水準へと拡大することを目指しており、運輸、民生のあらゆる分野での水素活用を目指しています。また現在、水素の利活用をグローバルな規模で推進し連携を図る場として、水素閣僚会議を開催しており、国際連携の強化を図っています。
最初に登壇したのは、三菱重工業株式会社の谷村 聡 氏。水素・アンモニアガスタービンがいかに発電分野の脱炭素化に重要な役割を果たしているかをご説明いただき、三菱の3つの水素燃焼技術と、2つのアンモニアガスタービンシステムをご紹介いただきました。また、同社はイギリスの産業クラスター(Humber Cluster)の脱炭素化事業計画に参画しており、2040年までに同クラスターにおけるCO2排出実質ゼロ達成を目指していると述べました。
続いて、ティッセンクルップ・ジャパン株式会社 代表取締役のニコラス・ボルツェ氏より、鉄鋼業における取組みについてご説明いただきました。鉄鋼業は世界のCO2排出量の8%を占めており、同社はカーボンニュートラルな社会の実現に向け、「CO2排出を回避する」「排出したCO2を利用・活用する」という2つのロードマップを掲げています。現在、CO2を排出しない水素直接還元プラントの普及に取り組んでいるとともに、ドイツ連邦教育研究省の資金援助を受けているプロジェクト:Carbon2Chem にて、生産過程で発生したCO2を利用し、化学産業から原料を生産するソリューションに取り組んでいる、とご説明頂きました。
変革は、政策立案者が適切な枠組みを作ることで初めて成功するでしょう。
ニコラス・ボルツェ氏, ティッセンクルップ・ジャパン株式会社
3番目の登壇者は、トヨタ モーター ヨーロッパのステファン・ハーブスト氏。日欧の交通機関での水素利用プロジェクトをご紹介いただきました。水素導入の課題であるコスト削減に対する、マルチコンポーネント戦略をご説明いただきました。 日本においては現在、日野自動車と共同で水素燃料電池トラックの開発を進めており、燃料電池を搭載した中・小型トラックはセブンイレブン等に採用され、既に走行しています。ヨーロッパでは、カエタノバス(ポルトガル)と共に、最長約400km走行可能な水素バス「H2.City Gold」を開発しています。
政府、民間企業、金融機関が一体となることで、
ステファン・ハーブスト氏, トヨタ モーター ヨーロッパ
カーボンニュートラルに向けた水素社会へと向かうことができます
H3 Dynamics社のサミール・ベナファラ氏からは、水素を利用したエアモビリティに関する活動をご紹介いただきました。同社はデータの取得・利用、貨物輸送、そして有人飛行という3つのステップを経て、自律的なゼロカーボンフライトの実現することを目指しています。また、フランスで現在行われているMermozプロジェクトもご紹介いただきました。同社は、Supaero社と共同で超長距離ドローンを開発しており、液体水素を動力源としてセネガルからブラジルまで30時間かけて大西洋を横断を目指しています。同社はすでにAEROPAK XLポッドと呼ばれる高密度の水素貯蔵を備えた軽量の燃料電池を開発し、さらなる飛行時間延長を実現しています。 同社は、航空機に技術を後付けするのではなく、推進システムに適合するようにコードデザインすることが次のステップだと考えています。
このセッションでは、水素利用に関する日・EU間のパートナーシップに焦点を当てました。
CMBジャパン代表取締役の青沼 裕氏からは、2019年に常石グループと連携したプロジェクトをご紹介いただきました。世界初の商業用旅客水素フェリー「HydroBingo」を共同で建造し大きく成功を収めた後、2021年4月、CMBの水素内燃機関技術(H2ICE)の日本市場への輸入とエンジニアリングに焦点を当てた、より包括的なパートナーシップJPNH2YDROを締結しました。CMBは洋上風力発電施設など他の分野でもプロジェクトを展開しており、伊藤忠商事、日本コークスエンジニアリングと提携し、北九州で水素製造・販売事業も展開しています。
続いて、パナソニック株式会社の浦田隆行氏より、燃料電池による熱電併給の普及に向けた取り組みや、水素発電への取組みをご紹介いただきました。同社は2017年、エネルギーの効率的な利用に向けた環境ビジョンを策定しています。また、同社製品の「エネファーム」は、都市ガスと空気中の酸素の反応を利用して電気とお湯を作る家庭用燃料コージェネレーションシステムです。エネファームは家庭でのCO2削減に加え、災害対策としても活用されています。欧州では2014年に燃料電池発電ユニットが発売され、その後7カ国で販売されています。さらに同社はViessmann社とも協力し、ヨーロッパで開発・製造された燃料電池をベースにした熱電併給システムを構築しています。
欧州委員会 研究・イノベーション総局(DG RTD)のヨルーン・スカパース氏からは、水素利用に関する研究・イノベーション支援についてご紹介いただきました。EUにおける官民パートナーシップにおける最新の動きとしては、1億ドルもの大規模な資金を受けているHorizon Europe: Clean Hydrogen Europe Partnership (2021-2027)が挙げられます。中でも”水素バレーの継続的な開発””イノベーションファンド”は最優先課題の1つです。また、2021年6月に導入された「ミッション・イノベーション」の「水素に関するミッション」における、水素の国際協力についても言及されました。同ミッションの目標は、2030年までにコストを1キログラムあたり2ドル削減することで、クリーン水素のコスト競争力を高めることであり、日本はこのミッションの中核的な連合メンバーとなっています。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 燃料電池・水素室長の大平 英二氏からは、グリーンイノベーションファンドを活用した新事業についてご説明いただきました。同事業の目的は社会実装を早めることであり、そのためには水素のコストをいかに下げるかが喫緊の課題であると考えています。また、NEDOはさまざまな国際的なフレームワークやプラットフォームに参加し、情報やアイデアを交換しています。また、米国と協力し、水素供給に関する新しいプロトコルを開発しています。
欧州水素・燃料電池協会(Hydrogen Europe)のジョルゴ・チャツィマルカキス事務局長は、2050年の目標を達成するためには、協力が必要不可欠であることを訴えました。特に、日本と欧州の水素産業がどのように連携していくかが重要な点であり、「Fit for 55」は、過去最大の法改正であると説明しました。
水素は、持続可能経済への移行の礎となっている
ジョルゴ・チャツィマルカキス氏, 欧州水素・燃料電池協会(Hydrogen Europe)
また同氏は、目標達成に向けて、欧州の産業界だけでは目標達成に不十分であることを示す例として、下記を挙げました。
例えば、自動車の水素技術に関しては、欧州のOMEはまだ非常に少ないが、トヨタやホンダなどの日本企業は強力なプロジェクトを展開していることから、日本製品が欧州市場で成功するチャンスでもあります。また、Lighthouseプロジェクト・イニシアティブについても言及し、日本企業が同プロジェクトの実施を加速する余地があると述べました。また同氏は、水素にの効率性についても言及しました。中国では電気自動車がブームであり、電気自動車は水素自動車よりも効率的に使用できると思われています。しかし、原材料の計算を含めると、水素は電池に比べて原材料の使用量が70倍も少ないのです。同氏は、この事実をヨーロッパと日本が一緒になって発信していくべきだと述べました。
水素バリューチェーン推進協議会(JH2A) の前田 征児氏からは、設立背景と国際協力の展望についてお話しいただきました。同組織は水素社会の早期構築を目的に、2020年12月に設立された比較的新しい組織です。水素の需要創出、技術革新によるコスト削減、ファイナンス、の3つの課題を同時解決するため、民間主体の横断組織が必要とされ、設立に至りました。国際協力に関しては、水素サプライチェーンの新技術導入に関する国際共同実証、水電解装置等の企画基準に関する国際標準化などが重要な論点であると感じており、今後実施していく見通しです。
パネルディスカッションでは、「どのようにして日欧の協力を加速させることができるか」という点について各スピーカーにお答えいただきました。
”日欧間の知識の共有が、水素バレーを実現するために重要”と浦田 隆行氏からお答えいただくと、スカパース氏は浦田氏の意見に同意するとともに、”持続可能性やライフサイクル分析の調査に関する協力を強化し、知識と経験を共有するためにも協力が重要”と強調されましました。
テュドー・コンスタンティネスク氏(DG ENER)と日野由香里氏(METI)に再びご登壇いただき、“2050年までにカーボンニュートラルな社会を実現するためには、水素をさらに社会に取り入れることが必要であり、そのためには日欧の協力関係が重要”と述べていただきました。
最後に、司会の佐々木一成教授から下記内容を述べていただき、本イベントの締めくくりとなりました。
”EU各国の政策にはそれぞれ異なる意見があり、それを調整するのは大変です。しかし、これらの多様な意見を束ねてルールにしていくことは、EUの強みであると考えています。日本が長年培ってきた水素利用に関する知識やノウハウを活用して、日欧で連携し、世界のルールを一緒に作っていければと思います。ブルーからグリーン水素への移行も、各企業間の協力が進めばより加速するでしょう。今後の国際連携を成功させるためには、標準化や企画の共同策定も重要です。そして若い世代を巻き込むことで、動きは更に加速していくことでしょう。”
登壇企業/団体情報欧州委員会のエネルギー政策を担当し、欧州のための安全で持続可能かつ競争力のあるエネルギー活用を目指しています。その中でも水素は、2020年7月に発表された「水素戦略」でも強調されているように、欧州委員会の投資優先事項に位置づけられています。欧州で費用対効果の高い脱炭素エネルギーシステムを構築するため、EUのエネルギーシステム統合戦略およびEUグリーンニューディールにおいて、当局は重要な役割を果たしています。 | 欧州委員会エネルギー総局について知る
経済産業省は、経済・産業の発展と鉱物・エネルギー資源に関わる行政を担当しています。経済産業省が策定した「水素基本戦略」(2017年)と「水素・燃料電池戦略ロードマップ」(2019年)、「グリーン成長戦略」(2020年)にて、水素は重点分野として位置づけられており、2050年のカーボンニュートラル達成を支援するものとなっています。 | 経済産業省について知る
三菱重工グループは、1884年創立、約80000人の従業員を擁する世界有数の重工業メーカーです。カーボンニュートラル社会の実現に向けたエナジートランジション、 モビリティの電化・知能化、サイバー・セキュリティ分野の発展に取り組んでおり、民間航空、輸送、発電所、ガスタービン、機械、インフラから防衛・宇宙システムにいたる幅広い産業分野でソリューションを提供しています。 | 三菱重工株式会社について知る
thyssenkrupp(ティッセンクルップ)社は、ドイツに本社を置き、独立した産業・技術事業からなるグローバル企業グループです。2019/20年度の売上高は60カ国で290億ユーロ、従業員数は149カ国で10万4,000人となっています。200年以上の歴史があり、主に鉄鋼業を基盤としていますが、機械や産業サービス、化学、航空宇宙、自動車部品、造船、サプライチェーンソリューションなど幅広く業務展開しています。また、再生可能エネルギーや化石エネルギーの生産、輸送、貯蔵、変換のための革新的なソリューションに継続的に取り組んでいます。 | ティッセンクルップ・ジャパン社について知る
トヨタ自動車は1937年に設立された日本のグローバル企業であり、2020年の販売台数は世界最大、日本の上場企業時価総額1位、ハイブリッド電気自動車と水素燃料電池車の販売においても世界有数の企業です。1963年に欧州でも事業を開始し、現在、トヨタモーターヨーロッパ株式会社は2万5000人以上の従業員を擁し、自動車の販売とマーケティングを行うとともに、欧州におけるトヨタ自動車の製造およびエンジニアリング事業を統括しています。| トヨタ モーター ヨーロッパ株式会社について知る
H3 Dynamics社は、本社をシンガポール、欧州本社をフランスに置くIoTメーカーであり、超軽量水素燃料電池システムの開発会社です。水素電気飛行機の開発にいち早く着手し、NASAやボーイング社に燃料電池システムを提供しています。また、ドローンや地上ロボットにAIや3Dモデリング技術を組み合わせた、クラウド型の点検サービスプラットフォームを提供しています。 | H3 Dynamics社について知る
CMBは、ベルギー・アントワープ市に本社を構え、日本を含む世界各地に拠点を持つ、40年の歴史を誇る総合海運・物流グループです。海運大手企業として、水素燃料船舶の移行に積極的に取り組んでおり、注目を集めています。2017年以降、様々な水素エンジン・水素混焼エンジン等を開発しています。 | CMB社について知る
1918年に設立されたパナソニック株式会社は、多様なエレクトロニクス技術とソリューションを開発し、家電、住宅、自動車、B2B事業の顧客へ提供している世界的なリーダー企業であり、24万人超の従業員を擁しています。水素バリューチェーン全体の研究を行っており、2009年に家庭燃料電池システム「エネファーム(都市ガスから取り出した水素を使用し、家庭で電気とお湯を作るシステム)」を商品化しました。| Panasonic株式会社について知る
欧州委員会の研究・科学・イノベーション政策の実施・調整を行っています。研究プログラム「Horizon 2020」ではクリーン水素に関する研究とイノベーションを行い、水素バス、トレーニングツール、低コストの電気分解機などの開発支援を行いました。「Horizon Europe」(2021-2027年)では、同分野のさらなる研究とイノベーションを支援しています。 | 欧州委員会研究・イノベーション総局について知る
NEDOは、持続可能な社会の実現に必要な技術開発の推進を通じて、イノベーションを創出する、国立研究開発法人です。リスクの高い革新的技術を開発・実証し、成果の社会実装を促進するイノベーション・アクセラレーターとして、社会的課題の解決を目指しています。 | NEDOについて知る
欧州水素・燃料電池協会(Hydrogen Europe)は、水素および燃料電池技術の提供をサポートする、大企業から中小企業までの多様な業界関係者からなる組織です。欧州の水素・燃料電池業界を代表する組織であり、260以上の会員企業と27の加盟国団体が参加しています。欧州の低炭素経済のための燃料として、水素の導入を可能にすることを目的としています。 | 欧州水素・燃料電池協会(Hydrogen Europe)について知る
水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)は、水素分野における関連団体との国際提携およびサプライチェーンの構築を推進するために2020年12月に発足した組織です。政府への政策提言、関連団体との国際協力、調査・分析を行います。現在、195の企業、団体、地方自治体が入会しています。| 水素バリューチェーン推進協議会について知る